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11/25憂国記

演説中の三島由紀夫

三島由紀夫

本名 平岡公威 大正14年1月4日東京生まれ 
昭和22年東京大学卒業後大蔵省に入省
その後小説「煙草」にて文壇にデビュー
昭和42年「楯の会」を結成
昭和45年11月25日陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて割腹自決

辞世の句
益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに
幾とせ耐えて今日の初霜
散るをいう世にも人にもさきがけて
散るこそ花と吹く小夜嵐


檄文
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   われわれ楯の会は、自衛隊によって育てられ、いはば自衛隊は
  われわれの父でもあり、兄でもある。その恩義に報いるに、このやうな忘恩的行為に
  出たのは何故であるか。かへりみれば、私は4年、学生は3年、隊内で準自衛官としての
  待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、またわれわれも心から自衛隊を愛し、
  もはや隊の策外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後
  つひに知らなかった男の涙を知った。ここで流したわれわれの汗は純一であり、
  憂国の精神を相共にする同士として富士の原野を馳駆した。
  このことには一点の疑ひも無い。

   われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の気を
  呼吸できる唯一の場所であった。共感、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。
  しかもなほ、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。
  たとへ強弁と云はれやうとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。
   われわれが戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、
  国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、
  自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。
  政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力感、偽善にのみ捧げられ、
  国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の屈辱は払拭されずにただごまかされ、
  日本人自ら日本の歴史と伝統を潰してゆくのを歯噛みをしながら見てゐなければ
  ならなかった。われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、
  真の武士の魂が残されてゐるのを夢みた。
  しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、
  御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用ひない軍として、日本人の魂の腐敗、
  道義の頽廃の根本原因をなして来てゐるのを見た。

   もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されてきたのである。
  自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負ひつづけて来た。
  自衛隊は国軍たりえず、健軍の本義を与へられず、警察の物理的に巨大なものとしての
  地位しか与へられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。
  われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。
  自衛隊が目覚める時こそ、日本が目覚める時だと信じた。
  自衛隊が自ら目覚めることなしに、自衛隊が健軍の本義に立ち、
  真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽くすこと以上に
  大いなる責務はない、と信じた。

   4年前、私はひとり志を抱いて自衛隊に入り、その翌年には楯の会を結成した。
  楯の会の根本理念は、ひとへに自衛隊が目覚める自衛隊を国軍、
  名誉ある国軍とするために、命を捨てようといふ決心にあった。
  憲法改正がもはや議会制度下ではむづかしければ、治安出動こその唯一の好機であり、
  われわれは治安出動の前衛となって命を捨て、国軍の礎石たらんとした。

   国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。
  政体を警察力を以て守りきれない段階に来て、初めて軍隊の出動によって
  国体が明らかになり、軍は本義を回復するのであらう。
  日本の軍隊の本義とは「天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る」ことにしか
  存在しないのである。
  国のねじ曲がった大本を正すといふ使命のため、われわれは少数乍ら訓練を受け、
  挺身しようとしてゐたのである。
   しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起こったか。
  総理訪米前の大詰めともいふべきこのデモは圧倒的な警察力の下に不発に終わった。
  その状況を新宿で見て、私は「これで憲法は変わらない」と痛恨した。
  その日に何が起こったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい
  警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢て「憲法改正」といふ
  火中の栗を拾はずとも、事態を収拾しうる自信を得たのである。治安出動は不要になった。

   政府は政体維持のためには、何ら憲法と抵触しない警察力だけで乗り切る自信を得、
  国の根本問題に対して頬っかぶりをつづける自信を得た。

   これで、左派勢力には憲法護持の飴玉をしゃぶらせつづけ名を捨てて実をとる方策を
  固め自ら、護憲を標榜することの利点を得たのである。名を捨てて実をとる! 
  政治家にとってはそれでよかろう。しかし自衛隊にとっては、致命傷であることに、
  政治家は気づかない筈はない。
  そこでふたたび、前にもまさる偽善と隠匿、うれしがらせとごまかしがはじまった。

   銘記せよ! 
  実はこの昭和45年10月21日といふ日は、自衛隊にとっては悲劇の日だった。

   創立以来20年に亘って、憲法改正を待ちこがれてきた自衛隊にとって、
  決定的にその希望が裏切られ、憲法改正は政治的プログラムから除外され、
  相共に議会主義政党を主張する自民党と共産党が非議会主義的方法の
  可能性を晴れ晴れと払拭日だった。論理的に正にこの日を境にして、
  それまで憲法の私生児であった自衛隊は「護憲の軍隊」として認知されたのである。
  これ以上のパラドックスがあらうか。

   われわれはこの日以後の自衛隊に一刻一刻注視した。
  われわれがゆめみてゐたやうに、もし自衛隊に武士の魂が残ってゐるならば、
  どうしてこの事態を黙視しえよう。
  自らを否定するものを守るとは、なんたる論理的矛盾であらう。
  男であれば男の衿りがどうしてこれを容認しえよう。
  我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線を越えれば、
  決然起ち上がるのが男であり武士である。われわれはひたすら耳をすました。

   しかし自衛隊のどこからも「自らを否定する憲法を守れ」といふ屈辱的な命令に対する、
  男子の声は聞こえては来なかった。かくなる上は、自らの力を自覚して、
  国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかってゐるのに、
  自衛隊は声を奪はれたカナリヤのやうに黙ったままだった。
   われわれは悲しみ、いかり、つひには憤怒した。
  諸官は任務を与へられなければ何も出来ぬといふ。
  しかし諸官に与へられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。
  シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、といふ。
  しかし英米のシヴィリアン・コントロールは軍政に関する財政上のコントロールである。
  日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、
  党利党略に利用されることではない。

   この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を
  歩もうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。
  魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこへ行かうとするのか。
  繊維交渉に当たっては自民党を外国奴呼ばはりした繊維業者もあったのに、
  国家百年の大計にかかはる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の
  不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかはらず、抗議して腹を切る
  ジェネラル一人、自衛隊からは出なかった。沖縄返還とは何か?
  本土の防衛責任とは何か? アメリカは真の日本の自主的軍隊が日本の国土を
  守ることを喜ばないのは自明である。あと2年の内に自主性を回復せねば、
  左派のいふ如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終わるであらう。

   われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。
  自ら冒涜するものを待つわけにはゆかぬ。しかしあと30分、最後の30分待たう。
  共に起って義のために共に死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。
  生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。
  今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。
  それは自由でも民主主義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。
  これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬやつはゐないのか。
  もしゐれば、今からでも共に起ち、共に死なう。
  われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男、真の武士として
  蘇へることを熱望するあまり、この挙に出たのである。

               昭和45年11月25日   楯の会隊長 三島由紀夫


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